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マラソン
朝、マラソンをしている男の子を見かけました。
中学生くらいでしょうか、苦しそうな口元からは、
小刻みに白い息が出ていました。
すると、また後ろのほうから同じような
年頃の男の子が走ってきます。
先ほどの子と同じジャージを着ていたので、
おそらく部活動でのマラソンなのでしょう。
先ほどの子よりも、さらに苦しそうな顔をしています。
私も、マラソンをしていた時期が少しだけありました。
毎朝早起きをして、五キロずつ走っていたのでしたが、
いつの間にかやめてしまったのでした。
もう一度早起きをして、走っている自分の姿を想像してみました。
乾いた風がのどに張りつき、
急に伸び縮みを始めたひざはいつもより重く、
さらに冷たい風は簡単に服を抜けてくるような感覚です。
しかし、徐々に体が温まってくると、
重たい服を脱ぐように軽く走れるようになってきます。
男の子たちのように、苦しさを押し留めて走りぬいた後の
爽快感も好きですが、
私は軽く走れるようになったあたりの感覚が好きでした。
駅に着く前に、コンビニエンスストアに入りました。
昔走っていた頃は、朝食だけでは足りず、
よくここでおにぎりやペットボトルのお茶を買っていったものです。
さすがに今はもうおにぎりは食べれませんので、
お茶を買っていくことにしました。
そういえば、昔は毎日毎日ペットボトルを飲んでは捨てていました。
洗って中身を入れ替えていれば、
今頃ちょっとしたへそくりが出来ていたかもしれません。
環境にもいいですしね。
明日も、男の子たちが走るのを見れたら良いなと思いました。
中学生くらいでしょうか、苦しそうな口元からは、
小刻みに白い息が出ていました。
すると、また後ろのほうから同じような
年頃の男の子が走ってきます。
先ほどの子と同じジャージを着ていたので、
おそらく部活動でのマラソンなのでしょう。
先ほどの子よりも、さらに苦しそうな顔をしています。
私も、マラソンをしていた時期が少しだけありました。
毎朝早起きをして、五キロずつ走っていたのでしたが、
いつの間にかやめてしまったのでした。
もう一度早起きをして、走っている自分の姿を想像してみました。
乾いた風がのどに張りつき、
急に伸び縮みを始めたひざはいつもより重く、
さらに冷たい風は簡単に服を抜けてくるような感覚です。
しかし、徐々に体が温まってくると、
重たい服を脱ぐように軽く走れるようになってきます。
男の子たちのように、苦しさを押し留めて走りぬいた後の
爽快感も好きですが、
私は軽く走れるようになったあたりの感覚が好きでした。
駅に着く前に、コンビニエンスストアに入りました。
昔走っていた頃は、朝食だけでは足りず、
よくここでおにぎりやペットボトルのお茶を買っていったものです。
さすがに今はもうおにぎりは食べれませんので、
お茶を買っていくことにしました。
そういえば、昔は毎日毎日ペットボトルを飲んでは捨てていました。
洗って中身を入れ替えていれば、
今頃ちょっとしたへそくりが出来ていたかもしれません。
環境にもいいですしね。
明日も、男の子たちが走るのを見れたら良いなと思いました。
ソーラーカー
テレビを見ていると、ソーラーカーが出てきました。
背面にソーラーパネルを設置した車は、
太陽光を原動力としてどんどん走っていきました。
もちろん、ソーラーカーですからガソリンは要りません。
なので空気を汚すこともありません。
晴れている限り、どこまででも走っていきます。
私も、ソーラーカーに乗ってみたくなりました。
どこまででも走れるのです。
雨が降った日には、停まった場所で過ごします。
雨も土地ごとに違って見えるのかもしれません。
テレビの中でソーラーカーは海辺の町を走り、
ところどころで漁師の人からもらった食べ物を載せていました。
日が暮れそうになるとスピードが思うようにでなくなり、
道路の真ん中で停まってしまいそうになりました。
それでもなんとか道路ではない場所で車を停め、
きれいな空を見ながら運転手たちはそのなかで休みます。
私は、それをじっと見ていました。
もしかしたら、車も昔の人間と同じように、
夜は動かないものなのかもしれません。
暗い中で動いてしまうと、
本当に夜はやってこないような気がします。
真夜中の車から出てくる温かそうな排気ガスは、
立ち昇りながら誰の目にも見えないような薄い膜を作ります。
しかしいくら薄くても、膜
越しに見る夜空はもともとあったものではないのです。
部屋の窓を開けると、澄んだ空気が入ってきました。
とても冷たい空気でした。
この夜空は果たしてどちらの空気なのだろう、
と思っている間にも、テレビの中ではソーラーカーが走っているのでした。
背面にソーラーパネルを設置した車は、
太陽光を原動力としてどんどん走っていきました。
もちろん、ソーラーカーですからガソリンは要りません。
なので空気を汚すこともありません。
晴れている限り、どこまででも走っていきます。
私も、ソーラーカーに乗ってみたくなりました。
どこまででも走れるのです。
雨が降った日には、停まった場所で過ごします。
雨も土地ごとに違って見えるのかもしれません。
テレビの中でソーラーカーは海辺の町を走り、
ところどころで漁師の人からもらった食べ物を載せていました。
日が暮れそうになるとスピードが思うようにでなくなり、
道路の真ん中で停まってしまいそうになりました。
それでもなんとか道路ではない場所で車を停め、
きれいな空を見ながら運転手たちはそのなかで休みます。
私は、それをじっと見ていました。
もしかしたら、車も昔の人間と同じように、
夜は動かないものなのかもしれません。
暗い中で動いてしまうと、
本当に夜はやってこないような気がします。
真夜中の車から出てくる温かそうな排気ガスは、
立ち昇りながら誰の目にも見えないような薄い膜を作ります。
しかしいくら薄くても、膜
越しに見る夜空はもともとあったものではないのです。
部屋の窓を開けると、澄んだ空気が入ってきました。
とても冷たい空気でした。
この夜空は果たしてどちらの空気なのだろう、
と思っている間にも、テレビの中ではソーラーカーが走っているのでした。
観葉植物
妻が観葉植物をもらってきました。
ちいさな鉢に収まった丸みのある茎、
細長くしだれる葉、濃い緑。
一度部屋においてごらんなさいよ、
と妻は親しい友人から勧められたのだそうです。
これ、名前はなんて言うんだい?
さあ、それが聞いたんだけど、忘れてしまったの。
部屋にあったら邪魔にならないかな?
わたしもはじめはそう言って断ったんですけどね、
どうしてもって言われてつい。
いっそ、返してきたらどうだい。
でも、よく見るとかわいくありません?
たしかに、よく見てみると、どことなく愛嬌のある草でした。
「それにね」妻は言いました。
こういう植物を置くと、
酸素が多くなるから体にいいんじゃないかしら。
そういう言葉に、私は弱いのでした。
観葉植物は、居間の窓際へ置かれました。
観葉植物は何も言わずに葉をしだれさせています。
植物も眠るのでしょうか。
もし、何もない空間に私とこの植物が置かれたとして。
じっと耳をすませば植物の寝息が聞けるのでしょうか。
ついつい、そんな想像をしてしまいます。
多くの植物を植えれば、地球温暖化が緩和されるといいます。
この植物も、その一端を担っているのでしょうか。
私は酸素を吸い、植物は酸素を吐く。
そういった当たり前のことが、
この植物越しに見えたような気がしました。
明日の朝、日光に照らされた葉や茎を早く見てみたいです。
もしかしたら、呼吸の音が聞こえるかもしれません。
そんなことを思いながら、今日は寝ようと思います。
ちいさな鉢に収まった丸みのある茎、
細長くしだれる葉、濃い緑。
一度部屋においてごらんなさいよ、
と妻は親しい友人から勧められたのだそうです。
これ、名前はなんて言うんだい?
さあ、それが聞いたんだけど、忘れてしまったの。
部屋にあったら邪魔にならないかな?
わたしもはじめはそう言って断ったんですけどね、
どうしてもって言われてつい。
いっそ、返してきたらどうだい。
でも、よく見るとかわいくありません?
たしかに、よく見てみると、どことなく愛嬌のある草でした。
「それにね」妻は言いました。
こういう植物を置くと、
酸素が多くなるから体にいいんじゃないかしら。
そういう言葉に、私は弱いのでした。
観葉植物は、居間の窓際へ置かれました。
観葉植物は何も言わずに葉をしだれさせています。
植物も眠るのでしょうか。
もし、何もない空間に私とこの植物が置かれたとして。
じっと耳をすませば植物の寝息が聞けるのでしょうか。
ついつい、そんな想像をしてしまいます。
多くの植物を植えれば、地球温暖化が緩和されるといいます。
この植物も、その一端を担っているのでしょうか。
私は酸素を吸い、植物は酸素を吐く。
そういった当たり前のことが、
この植物越しに見えたような気がしました。
明日の朝、日光に照らされた葉や茎を早く見てみたいです。
もしかしたら、呼吸の音が聞こえるかもしれません。
そんなことを思いながら、今日は寝ようと思います。
皿洗い
早くに仕事が終わったので、
何か変わったことがしてみたいと思いました。
いろいろなことが頭に浮かぶのですが、
気付くと電車に乗り、家へと向かっています。
結局考えているうちに、もう家までついてしまいました。
食事を食べている間もそれは変わりません。
妻が不審そうな顔で見ています。
思い切って、妻に聞いてみることにしました。
「それだったら、お皿洗いなんてどうかしら?」
皿洗い? と言いますが、考えてみれば、
私はあまり皿を洗ったことがありません。
次第に良い考えのように思えてきます。
「それじゃあ、お願いしますね」
私はスポンジを持って、流し台に立っています。
まずは、洗剤をつけることにします。
器の腹の部分を押すと、いきおいよく洗剤が出てきました。
「あっ、出しすぎですよ」
と妻が言ったときには、
スポンジを揉む手が泡だらけになっていました。
「洗剤の使いすぎは環境に悪いって、
あなた自分でいっていたでしょう?」
言い返す言葉がありません。
気を取り直して、皿を洗うことにします。
洗い出すと、たまにはこういうのも良いような気がしてきます。
きれいな茶碗。
きれいな皿。
きれいな湯飲み。
積み重なったこれらの食器を見ると、
ちいさな達成感のようなものが出てきます。
しかし、鍋はなかなか油が落ちません。
一度しっかり洗ったつもりですすいだのですが、
指で触るとどうしても油のぬめりが残ります。
何度も洗い、ようやく納得のいくものに仕上がりました。
いつも皿を洗ってくれる妻には、本当に頭が下がります。
また機会があれば、皿洗いをしてみようと思います。
何か変わったことがしてみたいと思いました。
いろいろなことが頭に浮かぶのですが、
気付くと電車に乗り、家へと向かっています。
結局考えているうちに、もう家までついてしまいました。
食事を食べている間もそれは変わりません。
妻が不審そうな顔で見ています。
思い切って、妻に聞いてみることにしました。
「それだったら、お皿洗いなんてどうかしら?」
皿洗い? と言いますが、考えてみれば、
私はあまり皿を洗ったことがありません。
次第に良い考えのように思えてきます。
「それじゃあ、お願いしますね」
私はスポンジを持って、流し台に立っています。
まずは、洗剤をつけることにします。
器の腹の部分を押すと、いきおいよく洗剤が出てきました。
「あっ、出しすぎですよ」
と妻が言ったときには、
スポンジを揉む手が泡だらけになっていました。
「洗剤の使いすぎは環境に悪いって、
あなた自分でいっていたでしょう?」
言い返す言葉がありません。
気を取り直して、皿を洗うことにします。
洗い出すと、たまにはこういうのも良いような気がしてきます。
きれいな茶碗。
きれいな皿。
きれいな湯飲み。
積み重なったこれらの食器を見ると、
ちいさな達成感のようなものが出てきます。
しかし、鍋はなかなか油が落ちません。
一度しっかり洗ったつもりですすいだのですが、
指で触るとどうしても油のぬめりが残ります。
何度も洗い、ようやく納得のいくものに仕上がりました。
いつも皿を洗ってくれる妻には、本当に頭が下がります。
また機会があれば、皿洗いをしてみようと思います。
きれいな川のちいさな魚
「最近の川は汚いねぇ」と妻が言いました。
夕食時のことで、私はぶりの煮つけを食べているところでした。
なんでも妻が言うには、
近所の川に魚がいなくなったとのことでした。
「魚なんて、ずいぶん前からいないじゃないか」
と私は言ったのですが、
妻はちいさな魚ならいたのよ、とご飯を食べながら答えました。
ちいさな魚がいてね、妻は言いました。
わたしが散歩をするとき、たまに跳ねてたのよ。
ああ、でも、そんなにおおげさには跳ねないけどね。
ちいさな魚ですもの。
一度だったか、孫のMちゃんが中学校に上がるまえ、
わたしがそのこと教えてあげたのよ。
Mちゃんは捕まえようとしたけどね、わたしが止めたの。
なんだか、かわいそうな気がしてねぇ。
私は、もうずいぶん川を見ていませんでした。
川はあるのが当たり前になっていて、
それは腕や足と同じようにあって当たり前のものでした。
私は、ちいさな魚がいたことを知りませんでした。
それは、とてももったいないことのように思いました。
当たり前のものには油断をしがちです。
明日、川を見てみようと思います。
汚くなってしまったのならそれは残念なことですが、
もしかしたら、探してみればちいさな魚はまだいるかもしれません。
味噌汁を飲みながら、きれいな川を思い浮かべました。
川にはちいさな魚がたくさんいます。
中が透き通るくらいの川で、
流れはところどころで日光を反射させています。
そういう川は、まだあるのでしょうか。
夕食時のことで、私はぶりの煮つけを食べているところでした。
なんでも妻が言うには、
近所の川に魚がいなくなったとのことでした。
「魚なんて、ずいぶん前からいないじゃないか」
と私は言ったのですが、
妻はちいさな魚ならいたのよ、とご飯を食べながら答えました。
ちいさな魚がいてね、妻は言いました。
わたしが散歩をするとき、たまに跳ねてたのよ。
ああ、でも、そんなにおおげさには跳ねないけどね。
ちいさな魚ですもの。
一度だったか、孫のMちゃんが中学校に上がるまえ、
わたしがそのこと教えてあげたのよ。
Mちゃんは捕まえようとしたけどね、わたしが止めたの。
なんだか、かわいそうな気がしてねぇ。
私は、もうずいぶん川を見ていませんでした。
川はあるのが当たり前になっていて、
それは腕や足と同じようにあって当たり前のものでした。
私は、ちいさな魚がいたことを知りませんでした。
それは、とてももったいないことのように思いました。
当たり前のものには油断をしがちです。
明日、川を見てみようと思います。
汚くなってしまったのならそれは残念なことですが、
もしかしたら、探してみればちいさな魚はまだいるかもしれません。
味噌汁を飲みながら、きれいな川を思い浮かべました。
川にはちいさな魚がたくさんいます。
中が透き通るくらいの川で、
流れはところどころで日光を反射させています。
そういう川は、まだあるのでしょうか。


